ほたーるのひかーり♪って今はほとんど歌われてないのかな?「仰げば尊し」と「蛍の光」のメロディがごっちゃになって混乱しているのはぼくです。どうも、栃木の『働く×暮らす』を木と鉄と遊び心で応援する建築屋 育みの家3代目の長善規(@maruzen3rd)です。
先日は娘の通う小学校の卒業式に参列してきました。長女の入学とともに本部役員になったので四年連続の参列です。だんだんと慣れてくるのかなぁと思っていたらやっぱり感動するもんなんだよね!今年もウルウルとしちゃいましたね。なんで自分の子どもの番ではないのにこんなに感動するんだろうと小学校の卒業式について考えてみました。
卒業式は誰のため?
卒業式ってそもそも誰のために開催されるのでしょうか?卒業生のため?在校生のため?保護者のため?先生たちのため?
きっとそれぞれの立場で、今までの感謝とこれからの変化を受け入れる儀式なのかな。卒業生にとっては「これから中学生になるという覚悟と小学校を卒業できたのは自分の努力と周りの人たちの助けがあったからってことだよね」を。在校生は「6年生が卒業して自分たちは一つ上の学年になるんだよ」ってことを。保護者も先生も変化を受け入れるってことを。
これは来賓で参列した人にも言えるんです。小学校の卒業式の来賓は教育委員会、市長代理、保育園・幼稚園・中学校関係、民生委員、派出所と言った小学校を取り巻く関係者の方々です。当事者というより第三者的存在ですね。でも今年の卒業生はどんな感じなのか?式は?保護者たちは?としっかり観察してますよー。来賓控え室では話題になってますから。
卒業式にいろんな立場で参列してわかったこと。それは「卒業式は卒業生だけのものではない、地域全体のためなんだな」と。
祝辞と式辞は伝わってるのか?
卒業式といえばながーい祝辞と式辞を思い浮かべませんか?「早く終わらないかな〜」「もっと短くやってほしいのに」と思っている人も少なくないはず。昨年ぼくも祝辞を述べる立場として祝辞をつくったんですけどこれがまた難しい!小泉純一郎のように「よくやった!素晴らしい」と一言で済ませる勇気がなかった。それでもなるべく短く、卒業生の胸に残る一言をと思って作りました。
昨日の卒業式では校長先生の式辞、教育委員会の告辞、市長の祝辞、PTA会長の祝辞とありましたが、なにが心に残っているでしょうか?
校長先生から卒業生へ届けたい「夢」と「感謝」の言葉とPTA会長の「まずは自分を好きになってください」という言葉の二つでした。うちの小学校の卒業生たちに届けたいという想いが伝わってきましたね。校長先生も会長も卒業生や保護者たちとの関係性を日頃から築いていて、その分想いも伝わりやすいのかな。
一方、教育委員会と市長の祝辞はとてもまとまっているのですが、誰が、誰に、何を伝えたいのか?が響いてこなかった。これは立場上仕方ないんでしょうね。
あれ?これってエクスマじゃね?
関係性が重要。
モノではなく価値を伝える
誰に何を伝えたいのか意識して発信する
個を出して発信する
常識から逸脱する
テンプレでは心に響かないよね。もっと自分の言葉で発信していこう!と気づきになった卒業式でした。