先日、久々にちょこっと遠出に出かけてきました。
行き先は群馬県。
目的地は「群馬県立自然史博物館」
そう聞くと、「ちょっとお堅いお出かけかな?」と思うかもしれませんが、
これが思いのほか大冒険だったのです。
長男がもっと小さかった頃、妻と長男くんの2人で来たことがある博物館。
夜な夜な最強恐竜図鑑を読み漁り、クリスマスプレゼントはアニマのぬいぐるみ。
小学二年生になり恐竜以外にも「これなあに?」「なんでこうなるの?」とさまざまな事象に興味関心がある長男くん。
どうせなら体験しながら学ぼうよということでやっていました。
■恐竜の巨大さに息をのむ
車を走らせること約1時間半。
現地に着いて、まず目に飛び込んできたのは博物館の入り口にある巨大カブトムシ。
…いや、正直ナメてました。
今の博物館はすごいですね。
飽きさせない展示方法、化石、動く模型。
長男だけでなくわたしも妻ものめり込んでしまいましたw
そして化石の展示室では、時代ごとに並べられた恐竜たちの骨が、まるでパレードのようにズラリと並んでいます。
三葉虫やアンモナイトに始まり、ジュラ紀、白亜紀へ。太古の地球の息吹が、そこには確かにありました。
■人類の進化のコーナーで、息子が放った“名言”
興奮気味に恐竜ゾーンを抜けると、その先は「人類の進化」の展示へ。
ここでは原始人の模型や、人類の骨格標本などが並んでいて、「私たちはどこから来たのか?」という問いが静かに投げかけられてきます。
その瞬間、長男くんが立ち止まり、ひとこと。
「お父さん、何万年前っていつのこと?」
…イメージ湧かないよねwww
お父さんもだよ。
でも間違いなく大昔のことで長い年月が積み重なって今があるんだよね。
地球の歴史や人類の歴史に比べたら今日一日なんてほんの一瞬のこと。
それでも今日のこの瞬間を大切にしたいよなぁとシミジミ考えてしまいました。
長男くんよありがとね。
■シルクアリーナの熱気と、次女の奮闘
博物館を出ると、すぐ隣には立派な体育館がそびえています。「高崎アリーナ」ならぬ、「シルクアリーナ」。
ここでは、偶然にも――
いや、もともとこの予定に合わせて群馬に来たのですが――
次女(高校1年生)が出場するハンドボールの関東大会が開催中。
といっても初戦は地元群馬の強豪校との対戦ですでに敗退してしまっていました。
それでも妻は関東大会という舞台が気になり様子を見に行きました。
私も妻も高校時代はハンドボール部に所属していたので、ついつい熱が入ってしまいます。
審判の笛、シューズのきしむ音、観客席の歓声──すべてが青春の記憶を呼び起こす。
体育館から戻ってきた妻が一言・・・
「めっちゃ汗臭かった・・・・」
うん、高校生の集いですもの。しかたないよねw
■公園でアスレチック&ハンドボール大会(?)
試合後、会場に隣接する広い公園に移動。
これがまた、よく整備された素晴らしい場所なんです。
木製の本格的なアスレチック。広々とした芝生。多目的球技場。
「これは、やるしかないでしょう!」と、長男・妻・私で即席のミニゲームを開始。
長男くんが「ぼく、キーパーね!」とゴールに立ち、
妻がペナルティースローのように思い切りシュート。
変わるがわる投げたり止めたり。
気づけば汗だく。
長男くんも顔を真っ赤にして「お父さん、じょうずだね」と褒めてくれて、ふと感じたのです。
昔は「プレイヤー」だった自分が、今は「父親」として一緒に遊んでいる。
立場が変わっても、ハンドボールとこうして関われる。
それって、なんて幸せなことだろう。
■「関わり方の進化」を実感した日
高校時代、私にとってハンドボールとは「勝つためにやるもの」でした。
試合に勝ち、全国大会に行き、推薦をもらい──
そうした目的のために、ひたすら練習に明け暮れていた。
でもいま、私は“親”という立場で、スポーツと関わっています。
・子どもの背中を押すために声をかける
・一緒に練習に付き合う
・頑張ったねとハグする
そこには、勝ち負けだけじゃない“楽しさ”や“誇り”がある。
かつては「自分がどう評価されるか」ばかり気にしていたのに、
今は「子どもがどう成長するか」を心から喜べるようになった。
これもまた、自分自身の“進化”なのかもしれないな。
■学び・応援・運動──すべてが「育み」だった
この日の一日を通じて思ったのは、「育む」って、
何も子どもにだけ向けられる言葉じゃないということです。
恐竜を見て驚くことも
娘のプレーを応援することも
家族で汗をかいて笑い合うことも
全部が、私自身の「育ち直し」でもある。
仕事で家づくりに携わる者として、つい「育む家=家族のための空間」という視点になりがちですが、
本当はもっと広い意味で、“人が育ち合える”空間や時間を大切にすることが、
「家を育てる」ことなのかもしれません。
今後の仕事にも、そんな視点を取り入れていけたら──
そんなことを考えた、ある日曜日の出来事でした。